叱る、怒る、叩く、ためらう必要があるのか!

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こんにちは、やまとです。

 

 

今日は『叱る』事について語ってみようと思う。

 

最近は、叱ることが苦手であったり、

叱りたいのに叱れないオジさんが多い様な気がする。

 

しかも輪を掛けて、叱られた事がない様な若者もいたり、

叱られたりするとスグにショゲてしまう輩もいる。

 

そんな輩を見ると叱るのがいけない様な気がする人もいるし・・・。

先日は酒の席で叱る事について話したかったが、

全てを伝えられなかった。

 

だからと言って、

ここでこの記事を読まれるとは思っていないが・・・・。

 

あくまでも個人的見解を述べてみたい。

 

 

基本、私は暴力は嫌いです。

街でヤクザさんがいると、

「殴られたら嫌だ」

と思うし、出来るだけ避けて通りたい。

 

殴られた時の恐怖や屈辱も味わった事もあるし、

もちろん痛かった覚えもある。

 

だから、暴力は嫌いです。

 

しかし子供を叱る時に叩いた事が無いのかと言うと

「あります。」って答えなきゃウソになる。

あるのです。

 

社員に激高した事があるかと言うと、

こちらも「あります。」って答える。

あるのです。

 

同じくサラリーマン時代も同様に

部下に厳しく怒った事も多々あるし・・・・。

 

並べてみると、結構あったりする。

 

部下に怒れないとか、そんな事もなかった。

 

 

じゃなぜ人が叱るのかと言うと、

相手に対して

「こうなって欲しい」をしてもらえなかったから。

期待をしていたのに対し、

それを裏切られたと思うから。

 

つまり、『人』に対しての熱き想いだと考えている。

 

だから正直言えば、興味ない人に対して

「腹が立つ」とかはない。

裏切られたという感情はもちろんあるのではあるが・・・。

 

 

そんな中、『叱る』とか『怒る』っていうと

叱るは指導、怒るは感情のままとか言われますが、

そんな言葉遊びみたいな事は

私にとってはどうでもいい事。

 

実際に、『叱る』時も怒りに似た感情があるし、

当然、子供に対して手が出ちゃうこともある。

 

すると、手を出すのは暴力で

暴力では何も解決できないとか言われる。

 

有識者の方は、暴力は恐怖しか植え付けないとかいう人もいる。

まぁそうなんでしょう。

 

最近は子供も大きくなって、

手を出すなんて事はなくなったのではあるが

小さい時には結構あった。

 

道路に飛び出したりしていた事なんて何度も。

車の前に飛び出す事だってある。

だから怪我をして欲しくない、死んでほしくないと思うから

叩く。叱る。怒る。

 

学校でも、家の中でも

「車には気をつけよう」って言っても

子供は飛び出したりする。

 

でも激しく怒ると二度としない。

それは怒られる恐怖もあるかもしれないが、

それで二度としなければいい。

 

ただ子供は恨んでいるのかもしれない。。。。

 

社会人になっても同じ。

部下に対して、怒ったことが何度もある。

流石に手を出す事はなかったが、

それでも叱る以上の怒る事は何度も・・・・。

 

もちろん部下に対して期待をしていたのを

結果的に裏切られたりしたから。

 

何度も同じことを言っているのに

過ちを犯したから怒った事もある。

 

総じて私自身の過去を振り返ってみると

人間関係が出来ているから叱る怒るって事はない。

 

私自身が一方的に、その人に対してアツくなっているだけ。

絶対にこうなって欲しいとか、こうしてやりたいとか・・・・。

まぁ一方的に私が想っているだけなのである。

 

もう、相手からどう思われるのかとか

怒っている時には関係ない。

 

ただ二度として欲しくないって思いだけ。

感情の方が一方的に湧いてくるだけなのである。

 

 

そうすると、

cool head,warm heart でないと行けないとか、

一旦は冷静になって諭すようにとか言われる。

 

それもわかるが、

それで相手に伝わるのだろうか?

伝わって相手が変わってくれるのだろうか?

 

私は人は過去の事に対して怒られる叱られるほど

感情に響かないのではないかと考える。

 

1mmでも早く、その場で相手を叱る怒る

そして変わってもらいたい。それだけ。

 

冷静になって、相手に悟す様に伝えても、

相手の心に響かなきゃ意味ないと思う。

 

感情的になって、相手がドン引きして嫌われて・・・。

それでもいいんじゃないかと思う。

 

自己中的ではあるが、それで相手が良くなってくれれば。

 

そうそう、日野照正が往復ビンタを中学生にした時もそう。

「関係性が出来ているなら・・・。」って言う方が多かった。

 

そんな事よりも、

乱して欲しくない時に

その場を乱した事、

その子供に2度と同じ事をして欲しくなかった事、

そっちの感情の方が先じゃないかなぁと

勝手に思う。

 

 

 

 

嫌われる事を恐れたり、自分を良く見せたいから

相手に気を使って叱るのでは意味がなく、

それじゃ一種のパフォーマンスと一緒。

 

相手の事を熱くアツく思うからこそ、

感情が沸いてくるのであって、

冷静に相手の事をって・・・・・。

 

なんだか相手の事よりも

自分かわいさばかりが優先されていそう。

それじゃ意味ない。

 

叱り方、怒り方を考える前に、

私は相手の事を心底思うって事が一番だと思う。

それが例え一方通行であってもいいじゃないか!

って思うのです。

 

表面ズラだけ良くて、カッコつけて

上司として親として威厳を保つ。

 

なぁーんか1mmもカッコ良くない。

 

泥臭くても相手に嫌われても相手の事を思って

叱って怒って殴って・・・・。

それで嫌われても本望じゃん。

 

上司なんて嫌われるのが商売みたいなもの。

 

嫌われても筋通した方がいいんじゃないかなぁ。

カタばっかり気にしているよりも!

 

結局、部下に好かれようとか

子供に好かれようと・・・・・

し過ぎていたら何も出来ないんじゃない。

 

所詮、部下や子供からは、

どんなに好かれようと思っても

嫌われるし、

LINEのグループからは外されてるし・・・(笑)

 

嫌われようとする必要もないけど、

別に妙に好かれようとしなくてもいいと思う。

 

あぁ、どうせ嫌われてナンボ。

でも俺はお前の事が好きだ~!

お前にはこうなってもらいたい。

って思ってれば、それでいいと思う。

 

あと私自身が気を付けている事は、

怒っても叱っても、相手の事を嫌いにならない。

それだけ。

 

 

ココまで話すと後は体罰についてって感じ。

 

我々の同世代で、

先生や親に一度も叩かれた事がないって子供の方が少ないはず・・・。

きっと・・・・。

 

もちろん私は叩かれました。

 

だから基本的には容認派。

叩いてもらってもいい。

 

ただ一方的に生徒を痛めつける様な

そんな体罰と呼べないものは、

決して容認しない。

 

今のご時世、線引きが難しいからと言って

全てがダメって、それがダメ。

って考える。

 

先生が生徒に対して、

ネツがあればいい。

 

ただ、一方的に殴りつけて

生徒に対する指導、愛情なんて言うのは許さない。

徹底して追及すべき。

 

でも体罰はOK。

少なくとも学校に一人は叩く先生がいてもいい。

 

私の高校にも意味なく竹刀を持って

授業する先生がいたし、

当然叩く時は竹刀だったし・・・。

 

叩かれるのが嫌だ、怒られるのが嫌だって

それで正されていてもいいんじゃない。

 

今の社会の仕組みだって、

近からず遠からずって感じだし。

 

性善説や性悪説を語るつもりはないけど、

全ては相手に対する思いだと私は勝手に考える。

 

相手の事を思えばこそ、

怒るし、叱るし、叩く。

 

それでいい。

 

嫌われたら嫌われた時。

 

「怒り方が悪い」とか

「もっと冷静になって」とか・・・。

 

私はそんな綺麗ごとを言う人より

人に対して「アツ」く思ってる、それだけ。

 

それだけで、いいっす。

 

 

あーとてもセミナーの紹介をする雰囲気ではなくなったが、

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今回は、ここまで

やまとでした。
 

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